私は体が弱い。日常生活において、人の助けがいるくらいには、弱い。
私の自己嫌悪や、自分を認められない弱さ、コンプレックスは、そこから来ていたものだ、と、やっと分かってきた。
中学から保健室に通いがちになった。あの学校の、虫が這ったような模様の天井をベッドからぼうっと見つめてみた。外からは、体育の授業中、同級生たちのはしゃぐ声。私はあの中に入れない存在なのだと、ぼんやり思っていた。高校からは、体育自体をほとんど免除してもらっていた。特に水泳はだめだった。泳ぐ行為がだめというより、気温と水温の差で体がバグって、酷いときは寝込んでしまうのだった。夏は体が動かない日が多かった(これは今もたまに)。暑い中で頑張って練習をしている運動部が眩しかった。瞳が焼けて見えなくなりそうなくらい眩しかった。みんなはほどほどに勉強して、友達と他愛もない話をして、部活をして、時には恋愛もしている。けどわたしは何一つできなかった。ずっとベッドの中でひとりだった。
今の職場の課長は、特に私を気にかけてくれている。飲み会の場でおかしな絡み方をしてきて、緊張している私の心を和ませてくれる。昨日、本来はやらなくても良いと言われている業務を、たまたま休んでいる人が多かったので、少し手伝った。本当に小さな仕事ではあったが。課長のデスクは遠いのに、その様子をちゃんと見ていてくれたらしかった。終業時の挨拶をしたときに、「今日〇〇の仕事までやってくれていましたね。ありがとうございます」と言ってくれた。嬉しかった。同じ係の人たちも、みんな良い人たちばかりだ。たまーに会う程度の他部署の人たちですら、「元気?環境には慣れてきた?」と気遣ってくれる。ああ、ここにはちゃんと私を見てくれている人たちがいるんだ。私でも、少しでも役に立てる場所なんだ。そう実感できた。
自分も優しくて強い人になりたい。体は普通よりも弱いけど、これはもう仕方がない。浮き沈みの波を少しでも緩やかにするために、多少は丈夫になれるように運動してはいるが、人並み以上のタフな体になることは難しいだろう。でも良いんだ。心だけでも優しくて強い人間でありたいと思う。
ひとを優しく包み込めるくらい、強い人間に。
ヘルプマークを公共の場で一人のときは付けるようにしている。特に電車などの交通機関や、都会の雑踏の中。ある意味では、自分の弱みを不特定多数に曝け出す行為ではある。「ヘルプマークをつけた障害者」に、心ない偏見を持つ人たちもいるだろう。でも、持病と向き合いながら10年以上、一生懸命生きているんだ、これでも。私にとってはその証でもある。だからヘルプマークを付ける。万一体調が悪くなったとき、助けてください、と周囲に意思表示することは、昔の私にはできなかった、勇気のある行為なんだ。その勇気を出せるくらいには、私は強くなった。
今日は年次休暇をとった。
私は今日、27歳になった。
ゆるい眠気の中 地元の温泉旅館にて

